「臥龍橋物語」
橋になった龍
昔々ある年、それはそれはひどい日照りが続きました。毎日ギラギラと太陽が照りつけ、雨は一粒も降りません。どこの井戸も底をつき、とうとう寒河江川ですらすっかり干上がってしまいました。今や村中どこを探しても、たった一滴の水さえも手に入れることは出来なくなってしまいました。
飲み水もなく、乳飲み子がいるのに乳が出なくなって困ってしまった女が、手に空のひしゃくを持ちながら、水を求めて村外れまでさまよい歩いて来ました。
するとどこからか「ぽちゃ〜ん」そしてまたしばらくして「ぽちゃ〜ん」と、かすかに水の落ちる音が聞こえて来るのに気づきました。女は耳をすませながら、音のする方に近寄って行きました。すると岩に食い込んだ松の木の根元、その岩の割れ目から、かすかに水がしみ出ているのを見つけました。
女はこれで」子供ともども助かると喜びながら、さっそくひしゃくを押し当て、水を汲み始めました。女にとっては、気の遠くなるような長い長い時間を費やし、ようやくひしゃく一杯の水を汲み溜めました。そこで女はひしゃくをそっと口元に運び、水を飲もうとしました。
すると、その時です。後から女の声で呼び止められました。
「もし。どうかその水を私にお分けくださいませんか」
女が驚いて振り返ると、誰もいなかったはずなのに、いつの間にか十二単を着た若い娘が立っていました。
「だめです、だめです。ようやく手に入れた大切な水なのです。帰りを待つ子供のためにも、今私にはこの水が必要なのです」
と女は断りました。そして今度こそ水を飲もうと、またひしゃくを口元に運びかけました。そのとたん、娘はその場にくずれおちてしまいました。
その様子を見た女は、ようやく手に入れた大切な大切な水なのですが、娘に飲ませることにしました。
「倒れてしまうほど困っていたのかい。それではこの水をお飲みなさい。私はまた汲み直すからいいよ」
とひしゃくを差し出しました。
娘はお礼を言いながらひしゃくを受け取り、一気に飲み干しました。女はひしゃくを返してもらい、もう一度水を汲もうとしました。
すると娘は、女に語り始めました。
「実はわたしは人間ではなく、天上に住む龍なのです。この天気で、天上にも水がなくなってしまいました。そのため私は、空に浮かんでいる力を失ってしまい、やむなく下界に降りて来たのです。
今頂く事が出来ました水のお陰で、どうやら天に帰る力が戻って来たようです。しかし私は天に帰らず、助けてくれた人間に恩返しをしたいと思います。
「聞くところによりますと、この場所は交通の難儀な所とか。渡し舟がひっくりかえったり、崖の道から転落したりは度々だそうですね。私は、ここで橋になって恩返しをいたします。」
突然風が巻き起き、あたり一面暗くなったかと思うと、娘の姿は見えなくなってしまいました。
女がふとわれに帰って足元を見ると、なんと寒河江川をまたぐ立派な橋のうえに立っているではありませんか。そして、手にしたひしゃくには、再び水が満たされているのでした。
土地の人々はこの話を聞き、いつしかこの橋を龍の臥せる橋「臥龍橋」と呼ぶようになりました。そして、橋になった龍と、その龍を助けた村の女に感謝し続けるとともに、水の恵みをそれはそれは大切にしたそうです。
(成田山新勝寺に奉納の『慈恩寺臥龍橋絵馬』より・・・・伝聞)
臥龍橋